シン・百貨店 第1章 第2項

消費者ニーズ把握

百貨店凋落の最大要因の一つは消費者ニーズの把握を怠ったことです。時代と共に変化した消費者ニーズや趣味嗜好、それに伴うライフスタイル変化の把握とその対応策を見出せなかったことです。消費者ニーズの指向まで理解せず単に商品のみの良し悪しや流行だけを追いかけていただけで、時代に沿ったマーケティングを怠り、消費者ニーズ対応を誤ってしまったのです。

消費者ニーズの変化は単に消費者自身の問題ではなく社会環境が大きくかかわってきています。例えば、商品を製造するために発生する様々な課題があります。製造コストを抑えるための過酷な低賃金労働問題や児童就労問題。大量に使用される顔料や染料による汚染水問題。あるいは大量に破棄される食品。これらの環境問題や労働問題など自然や人にやさしくない商品に対する反省や抵抗が消費者の中で大きなウェイトを占め始めているのですが、食品ロス一つとっても百貨店は何も対応できていないのです。

モノが生活の中に溢れかえった成熟社会ではもはやモノ中心ではなくコトに関心が移り始めているにも関わらず、百貨店はモノしか提供していない現状があります。昔の方が顧客囲い込み戦略の一環として、コンサートや旅行倶楽部、料理や陶芸などの趣味の教室などを主宰し、顧客固定化を図っていましたが今では費用対効果的に不採算として止めてしまっています。時代への逆行です。

百貨店は消費を文化と捉え、消費者をリードしてきた経緯があるにもかかわらず、ある時点から消費者ニーズを捉えることを放棄してしまったのです。消費者ニーズが多様化・多層化したため、塊としての消費者層を把握することが難しくなってきたのは事実ですが、一番の原因は目先の売上に拘り、机上のターゲット層を拡大することで売り上げが取れると錯覚したことによります。更に自分で汗をかき品揃えから見せ方・売り方まで自社で行わず、安易に消化仕入れを拡大することにより効率を追求したことで他社との同質化を招き、消費者から飽きられたという認識を持たなかったことです。過度の効率化追求、売り上げ至上主義が進化を阻み、事なかれのサラリーマン化が拍車をかけたのです。

消化仕入れを拡大しディヴェロッパー化しつつある百貨店の最大の役目は集客ですが、その集客策も前年踏襲主義が蔓延り、商品催しではもはや消費者を集めることができるのは北海道・京都・九州などの物産展だけで、費用の掛かる文化催しはすっかり影を潜めてしまいました。百貨店しかできなかった品揃え、見せ方、売り方、イベントなどが今や何処でもできるレベルになってしまっているのです。高い運賃を払ってわざわざ店頭に足を運ぶ必要性が無くなってしまったのです。

その最大の要因はネット販売の登場であることは否めません。サラリーマン化した百貨店は新時代を切り開く大いなる変革の波にも乗り遅れ、先行する企業からノウハウ的にも、技術的にも、運用ノウハウ的にも100年程遅れてしまいました。ネット販売も目先のテクニック策に走り、ネットの本当の可能性に気付いている百貨店は残念ながら無いのが現実です。単なる販売ツールとしか見ておらず、その可能性の探求は外部任せで、改革するためのコストの大きさに怯んでいるのが現状です。

では百貨店の再生はもはやないのでしょうか?

いや、方法はあります。消費者ニーズをしっかりと捉え、そのニーズに対応しうる新業態に進化することで百貨店は生き残れるはずです。そのためには、消費者がコトでもモノでも今何を一番欲しているのかを把握することが第一歩になります。目先の流行を追うのではなく、消費者が望むライフスタイル指向を個々のレベルで捉え、対応することが不可欠になります。今までのマス分析では対応できません。此処で言う消費者ニーズの把握とは、単に商品のみの事ではなく、消費者が望む新しい商品の揃え方、見せ方、売り方の全部を指すのであり、ネット販売時代の新しい消費ニーズ対応策の考案と実施を行わねばなりません。

現代の消費者ニーズはどのようになっているのでしょう?

➀ マスから個へ変わった消費者ニーズ

百貨店はマス顧客対応で成長してきました。高度成長と共に旺盛な消費意欲を掻き立てる舶来品やブランド品を率先して消費者に提供してきたのです。それは商品を通して新しい生活提案そのものでした。百貨店は「本物志向と商品の確かさによる安心」を販売してきたのです。消費者は流行に後れることを気にし、「他人と同じ」であることを望み、百貨店は大量生産品を大量販売することで消費者ニーズに対応してきたのです。消費者は次から次へと新しいものを購入し続け、消費が文化となっていたのです。

しかし時代の変遷とともに消費者は変化していきました。他人と同じでなければ心配だった「流行の時代」から、他人と同じでは嫌だという「個性の時代」へ。そして自分が欲しいのはモノではなくは体験することへと変化していったのです。大衆から分衆へ、更には個へ。そして個はいろいろな顔を持つ多層化へと変化しマス消費の時代は終焉を迎えたのです。

しかし百貨店の消費者対応策は変わらず、目先のトレンド追及のみでライフスタイル提案まで売場で具現化することができず、結果、売り場はメーカー主導MDとなり、何処の百貨店へ行っても同じ顔ぶれの商品が並び、百貨店の個性は全く消えてしまう羽目となりました。消費者はどこでも同じ品揃えの百貨店から個性的な専門店や在庫のきちんと揃ったメーカー直営路面店へ移動してしまったのです。百貨店はここでしか買えないといった専門店等の競合業態に負けたのです。特にSPA型専門店には太刀打ちができなかったのです。

② ネット販売登場と百貨店の対応

そんな時代がしばらく続きそこへネット販売の登場です。革命的であり百貨店にとっては致命的でありましたが大企業の御多分に漏れず、最初は各社とも否定から入りました。「試着ができない」「手に取らないと素材感がわからない」「配送費用が掛かり消費者に負担が大きい」「シズル感がない」などと、自分が理解できないものは認めようとせず、口先だけは「ネットの時代」「ネットとリアルの融合」などと言っていましたが、技術的な理解が無かったために、その小売りを変える可能性や社会全体をも変えてしまう革命性及び技術の進化スピードなどは理解どころか意識の外にあったのです。

しかもネット販売の本質を見抜けませんでした。TVショッピングのPC版くらいとしか思っていませんでした。

それ故、興味本位の取り組みは早かったですが、本格的に取り組んだ百貨店は高島屋くらいでした。それでも取引先在庫の引き当て方法や決済方法、商品検索エンジン開発など取り組まねばならない課題があまりにも多すぎ、小さな規模での展開しかできなかったのです。そうしているうち後発や新興の楽天やゾゾタウンに追い抜かれ、今では100年ほど後れを取っています。

百貨店業界は消費者がこの新しい技術に飛びつくとは誰も想像だにしていなかったのです。大手は今までの小売業が根本から揺るがされるとは思わず、売り場を持たない・持てない弱小メーカーが細々と飛びつくだけと考えていたのです。しかし技術の進歩は想像以上に早く、機能は日進日歩で、利便性や可能性はあれよあれよをいう間に進み、企業より消費者の方が先に利用方法や可能性を追求し始めていったのです。

③ 早かった消費者の反応

消費者はこの機能に飛びつきました。お仕着せの消費に飽きていた若い層は特にこの利便性にいち早く気づきました。24時間、何処からでも買え、店頭に無い商品まで探せる機能は他人と違う、あるいは自分だけの趣味嗜好を満足させてくれる格好のツールだったのです。「欲しいものが欲しい時に欲しいだけ買える」というマーケティングの理想を実現させたのです。多様化し多層化した消費ニーズ対応にはまさにうってつけのツール登場でした。

この機能をどう使うか、どう活用するか、販売以外の広告ツールとしてどう使うか、など無限の可能性が広がり、企業PRやデータ収集、配送方法などに革命的な変化をももたらして今日に至っています。「この機能をどう使うか」といったアイデアが巨万の富を生み出す宝箱になっているのです。しかし百貨店は未だネットで得られる情報の貴重性に気付いてはいません。ネットの販売機能だけに気を取られ、検索機能や購買履歴から売られる膨大な個人データの価値に気が付いていないのです。

④ 個人マーケティングの幕開け

ネットで蓄積されるデータは無尽蔵といってよいくらいの膨大なデータが収集できます。このデータをもとにマスマーケティングから個人マーケティング=個人カスタマイズされた消費対応が可能になるのです。これにより百貨店は自社ネットHPに来店された消費者の詳細まで分析することができるようになり、自社の品揃えに生かすことができるのですが、自社売り場を放棄してしまった現在、消化仕入れやテナントで入っているメーカーや小売り企業にとって多大なメリットがあるはずです。百貨店はこのデータを分析し、各メーカーや小売企業にデータを販売することさえできるはずです。そうなればマス向けのざっくりしたマーケティングではなく明確な消費性向が把握でき、モノ創りや仕入れを効果的に行うことができるのです。「個マーケティング」の始まりです。

今日ではネットに限らず来店した消費者をAIカメラで分析し、その消費性向や購買予測迄可能になっているのです。データ分析と活用という従来の手法が、桁違いのデータ量と分析力の飛躍的向上により需要予測を可能としているのです。この力を利用しない手はありませんが、現在の百貨店にその発想は未だ全くありません。

⑤ ネット販売の真の脅威

ネット販売の最大の効能は、消費者と生産者を直接結び付けたことです。中間搾取業であった小売業はその存在意義を薄めていくことになるのです。代わりにネット上の新しいデベロッパーが大きく飛躍する時代が始まったのです。消費者はいつでも好きなものを探せ、一物他価で展開される商品を自由に選べ、てリアル店舗では販売されていない商品まで探すことができるようになったかと思えば、個人が要らなくなったものを個人自ら販売できるレベルにまで進化してしまったのです。中間搾取時代の終焉の始まりです。

のようにマスマーケティングから個マーケティングの時代に突入し、明治維新と同じような革命的状況下に小売り全体が置かれることになりました。しかし残念ながら百貨店は個対応もマーケティングも対応策も未だ持ち合わせてはいないのが現実です。

百貨店はまず、ネットの機能を理解し、消費者ニーズがどう変化しているのかといったマーケティング分析から始め、どう百貨店が利用したら良いかを研究しなければなりません。ビッグデータを活用した個別マーケティング手法を開発し、そのマーケティングから個別の消費者に合った商品の揃え方、見せ方、売り方を選別し、個別対応する時代になったという認識を持つべきなのです。

上記内容を実行するためにはまずメガデータ分析マーケティングを行う部署が必要になります。消費者ニーズを個人レベルで分析し、本人でさえ認識しきれていない自己の購買予測を立てられるレベルの分析によって、品揃え・見せ方・売り方迄変えることが可能になるのです。

貨店はこの消費者のメガデータ分析と活用とを早急に始めることが百貨店復活の第一歩になります。

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